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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)173号 判決

原告

訴訟代理人弁理士

被告

特許庁長官C

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第20859号事件について、平成11年5月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成7年4月12日、意匠に係る物品を「卵包装容器」とし、その形態を別添審決書写し別紙第一記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(意願平7ー9969号)をしたが、平成8年11月15日に拒絶査定を受けたので、同年12月16日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第20859号事件として審理したうえ、平成11年5月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月25日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、平成5年12月22日発行の意匠公報に記載された意匠登録第858368号の類似1号の意匠であって、意匠に係る物品を「包装用容器」とし、形態を同審決書写し別紙第二記載のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る物品が同一であり、形態が類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当して意匠登録を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(7)の認定(審決書2頁15行~5頁9行)、差異点(イ)~(ト)の認定(同5頁10行~6頁17行)は認める。

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点についての評価判断を誤り(取消事由1)、さらに差異点についての評価判断を誤って(取消事由2)、本願意匠と引用意匠との形態が類似するとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(共通点についての評価判断の誤り)

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(7)が、「相俟って両意匠の全体の基調を形成しており、これら共通点が、両意匠の類否判断を支配的に左右するものと認められる。」(審決書8頁5~7行)と評価判断した。

しかしながら、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は、いずれも鶏卵用包装容器である点で共通するところ、審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(7)は、この種の鶏卵用包装容器が、鶏卵の保護という機能を果たすうえで必要な基本的形態に係るもの、すなわち、鶏卵用包装容器という物品自体が備えている一般的普遍的な周知の形態に係るものである。

したがって、本願意匠及び引用意匠が、共通点(1)~(7)の各点において共通することは、物品の機能上当然のことであり、物品がその機能上有しているこのような形態は、意匠における類否判断の対象とすべきではない構成要素であると解すべきである。

故に、審決が、共通点(1)~(7)につき上記のように評価判断して、本願意匠及び引用意匠の類否判断における主要な要素としたことは誤りであるというべきである。

2  取消事由2(差異点についての評価判断の誤り)

審決は、本願意匠と引用意匠との差異点に関し、部分的・局部的な対比を行っているものの、それらの差異点のすべてが集合し、結合した全体的意匠構成及び意匠感についての対比を一切行っていない。しかしながら、意匠は局部的なものではなく、全体的意匠感こそが対比されるべきものであって、かかる観点から見た場合、本願意匠が引用意匠と意匠の態様を異にし、意匠感も根本的に相違していることが明らかである。

(1)  蓋体について

審決は、蓋体の構成に関する差異点(イ)、(ロ)、(ト)についての評価判断において、差異点(イ)については、「蓋体について、平坦面状を呈する頂面の横中央に、同形の開口部を並置し、これから下方に錐台状に窄まる凹陥部を垂下して、皿体の隔壁が交わる部分に形成された山形突起と嵌合させ、蓋体を内側で支えるものとした点は、この種物品の蓋体の態様としての特徴的なものであり、・・・形態全体としてみても、(6)の共通点からなる蓋体全体のまとまりを破るには至らず、この点の差異が類否判断に及ぼす影響は未だ小さいものとせざるを得ない。」(審決書8頁10行~9頁8行)とし、差異点(ロ)については、「平坦面状を呈する蓋体頂面を開口して下方に錐台状に垂下する凹陥部を形成したことについての強い共通性のなかで見られる差異であって、・・・(6)の共通する態様に吸収される差異といえ、全体としては微弱な差異に止まる。」(同9頁9~15行)とし、差異点(ト)については、「共通点に吸収される程度の差異と言え、類否判断に及ぼす影響は未だ微弱なものと言わざるを得ず」(同10頁15~17行)としたものであって、要するに、共通点(6)で摘示した、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなしオ、蓋体の支柱を形成しているという点で、本願意匠と引用意匠とが共通するということが、これら差異点に優先するものと評価判断したものである。

しかしながら、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという点は、この種物品の備える一態様であって、引用意匠に独特のものではない。したがって、この点で共通することが、上記各差異点に優先するものとする類否判断は、誤りというべきである。

そして、差異点(イ)、(ロ)、(ト)に係る差異を併せ考えると、本願意匠の蓋体は、蓋体凹陥部の錐台が円錐体でリブ付きであること、蓋体全体に占める凹陥部の面積割合が大きいこと、蓋体周側面の模様が、深さ方向に沿った複数の小さいリブ1種類で構成された単純な形状で、全周にわたり適宜の間隔を隔てて粗に形成されていること、側面視において円弧状の部分に満ちた丸みのある形状であることを一体的に備えることにより、全体として、丸みから来る暖かさを看者に与えるのに対し、引用意匠の蓋体は、このような本願意匠の蓋体が備える特徴的な構成を備えておらず、蓋体凹陥部の錐台が八角錐体でリブがなく、蓋体全体に占める凹陥部の面積割合が小さく、蓋体周側面の模様が、深さ方向に沿った複数の小さいリブと、深さ方向及び平面方向に連続した広幅のリブとの2種類で構成された複雑な形状で、全周にわたって切れ目なく連続して密に形成されていること、側面視において角張った形状であることを一体的に備えることにより、全体として、直線から来る冷たさを看者に与えるものである。

したがって、本願意匠の蓋体と引用意匠の蓋体とは、意匠の態様を異にし、意匠感も根本的に相違しているのである。

(2)  皿体について

審決は、皿体の構成に関する差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)についての判断において、共通点(2)~(4)で摘示した、卵収容凹部(以下「収容部」という。)が縦横規則的に配列されている点で、本願意匠と引用意匠とが共通するということが、これら差異点に優先するものと判断したものであるが、その点で共通することが、すべての差異点に優先するものとする類否判断は誤りというべきである。

そして、差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に係る差異を併せ考えると、本願意匠の皿体は、収容部の底面から前後・左右方向に表される凸リブが、両外側のみ左右方向に表され、かつ、前後方向の凸リブは傾斜面の途中に短く形成されていることが、収容部の隅切面に配された3本の凸リブと対照的であって、全体として、複雑さとシンプルさとの陰陽のある面白さを感じさせるものである。これに対し、引用意匠の皿体は、収容部の底面から前後・左右方向に表される凸リブが、いずれの収容部においても前後・左右の各方向に表され、かつ、仕切壁側の凸リブは仕切壁の頂面から長く延びて形成され、皿体外周側の凸リブは小さく、その外側に二つずつの別の凹リブが形成されていることと、収容部の隅切面に配された凸リブが2本であることとによって、全体として陰陽のない平凡さを感じさせるものである。したがって、本願意匠と引用意匠とは、皿体の有する意匠感を異にし、明らかな差異を有しているものである。

(3)  全体について

上記(1)及び(2)により、本願意匠と引用意匠とは、全体的な意匠感を異にするものであり、この全体的な差異は、意匠に係る物品である卵包装容器が未使用の開放状態にあっても、内容物が収容され、閉蓋状態であっても、容易に識別できる程度のものである。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(共通点についての評価判断の誤り)について

原告は、本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(7)が、物品自体が備えている一般的普遍的な周知の形態に係るものであり、そのような一般的普遍的な周知の形態は、意匠における類否判断の対象とすべきではない構成要素であると主張する。

しかしながら、一般に、意匠の類否判断は、視覚を通じ、形態を全体として観察してなされるものであるから、たとえ一般的普遍的な周知の形態であるとしても、それが視覚を通じて認識される限りにおいては、類否判断の対象から除外されるべきものではない。したがって、仮に、共通点(1)~(7)が、一般的普遍的な周知の形態に係るものであるとしても、これを類否判断の対象から除く理由は全くない。

のみならず、本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(7)のうち、皿体及び蓋体の具体的な態様に係る共通点(2)~(7)については、これが一般的普遍的な周知の形態であるとする根拠がない。共通点(1)については、両意匠の形態全体の骨格をなすものであり、他の具体的な態様に係る共通点と相俟って形成する全体の基調の基盤となるものであるから、全体観察による類否判断において、重要な形態要素となっているものであり、仮にこれが周知の形態であるとしても、類否判断から除外することはできないものである。

そして、本件両意匠においては、差異点に特に評価すべき特徴が認められないところ、そのような場合においては、両意匠の全体の基調を形成する共通点(1)~(7)が類否判断を左右せざるを得ないことになる。

したがって、共通点(1)~(7)を意匠における類否判断の対象とすべきではない構成要素であるとする原告の主張は失当であり、審決が共通点(1)~(7)を類否判断から除外しなかったことに、何ら誤りはない。

2  取消事由2(差異点についての評価判断の誤り)について

(1)  蓋体について

原告は、審決が、蓋体の構成に関する差異点(イ)、(ロ)、(ト)についての判断において、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという点で、本願意匠と引用意匠とが共通するということが、すべての差異点に優先するものと判断したと主張するが、審決は、次のとおり、両意匠の共通点、差異点を対比し、形態全体の中で総合的に検討・判断したものであって、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという点をすべての差異点に優先させて判断したものではない。

(a) 差異点(イ)について

差異点(イ)に係る本願意匠の中央の凹陥部は、左右の凹陥部と、同型、同大で、窄まり具合も完全に一致するものであり、左右の凹陥部と関連づける他の形態要素も付加されておらず、引用意匠との差異は、単に数の上での差に止まるものである。のみならず、この中央の凹陥部は、本願意匠の凹陥部が皿体の山形突起にそのまま対応して表したことにより形成されたもので、その点では引用意匠の本意匠である登録第858368号意匠と軌を一にするものであり、本願意匠が中央に凹陥部を有する点を独自の特徴として、さほど評価することもできない。審決は、これらの点を踏まえて形態全体として観察し、「形態全体としてみても、(6)の共通点からなる蓋体全体のまとまりを破るには至らず、この点の差異が類否判断に及ぼす影響は未だ小さいものとせざるを得ない。」(審決書9頁4~8行)と判断したものである。

(b) 差異点(ロ)について

差異点(ロ)に係る凹陥部の形状は、本願意匠が円錐台状、引用意匠が八角錐台状であるが、開口部は、それぞれ真円形状、正多角形状であるので、造形状は前者が後者の延長線上にあり、かつ、看者の受ける印象も近似したものである。

また、差異点(ロ)に係る本願意匠のリブは、凹陥部の内周面という視認し難い部分の差異であり、細部が目立たないうえに、形態全体として捉えれば、該リブが凹陥部の深さ全体にわたり、等間隔に縦筋状に表された点と、引用意匠の八角錐台状の稜線が凹陥部の深さ全体にわたり、等間隔に縦筋状に表された点と一致して、リブの有無という元々小さな差異を更に希釈するものである。

審決は、これらの凹陥部の形状に係る差異を、形態全体として観察し、「全体としては微弱な差異に止まる。」(審決書9頁15行)と判断したものであり、原告主張のように、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという共通点と対比して類否判断をしたものではない。

(c) 差異点(ト)について

審決は、差異点(ト)に係る本願意匠の頂面四周の稜部の丸みが、願書(甲第2号証)添付図面中の「A-A断面図」、「B-B断面図」、「C-C断面図」によって明らかなとおり、ごく小さいことから、この点につき「この種物品の材質も勘案すると、その差異はさほど際立たず」(審決書10頁9~10行)と判断し、さらに、差異点(ト)に係る周側面の縦溝の粗密についても、「周側面四周に、一定の規則性のもとに、断面台形状の縦溝を、上下幅一杯に表した点での共通性が看者に強い印象を与え、この共通点に吸収される程度の差異と言え、類否判断に及ぼす影響は未だ微弱なもの」(同頁13~17行)と判断したものであり、原告主張のように、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという共通点と対比して類否判断をしたものではない。

原告は、蓋体周側面の模様が、本願意匠においては、深さ方向に沿った複数の小さいリブ1種類で構成された単純な形状で、全周にわたり適宜の間隔を隔てて粗に形成されており、引用意匠においては、深さ方向に沿った複数の小さいリブと、深さ方向及び平面方向に連続した広幅のリブとの2種類で構成された複雑な形状で、全周にわたって切れ目なく連続して密に形成されているとし、差異点(ト)が審決の意匠感を大きく異なるものとしていると主張する。しかしながら、縦溝の配置に粗密があるとしても、縦溝の幅はともに蓋体の高さに対して5分の1ないし6分の1程度であり、これに挟まれ凸状に突出する部分の幅も縦溝の幅と大差なく、かつ、この縦溝数本を1単位として、一定のやや広い間隔を空けつつ、周面全体に配した点で両意匠は一致するものである。そして、引用意匠がその間隔毎に配されたやや広幅の溝を有するとしても、その溝が特徴的であったり、かなり広い幅のものであったりして、該部に差異感を生じさせることはなく、本願意匠と印象を同じくするものである。また、引用意匠が頂面に台形状の凹陥部を有する点についても、横幅の2分の1程度上面に延長したにすぎず、形態全体を俯瞰したときにさほど目立つものではない。したがって、原告の該主張は誤りである。

(2)  皿体について

原告は、審決が、本願意匠と引用意匠の、収容部が縦横規則的に配列されている点における共通点が、皿体の構成に関する差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に優先するものと判断したとし、かかる類否判断が誤りであると主張するが、審決が主張のような判断をしたものでないことは明らかである。

また、原告は、皿体収容部の底面から前後・左右方向に表される凸リブが、本願意匠では両外側のみ左右方向に表されるのに対し、引用意匠では、いずれの収容部においても前後・左右の各方向に表されている点、その他差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に係る差異によって、本願意匠が複雑さとシンプルさとの陰陽のある面白さを感じさせ、引用意匠が陰陽のない平凡さを感じさせるものであって、本願意匠と引用意匠とが、皿体の有する意匠感を異にすると主張する。しかしながら、上記の皿体収容部の底面から前後・左右方向に表される凸リブに関する差異は、皿体の内側寄りのごく小さな目立たない形態要素の有無に係るもので、類否判断に何らの影響も及ぼさない微差である。また、差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に係る差異も審決の判断(審決書9頁15行~10頁7行)のとおり微弱なものであって、原告主張のような異なる意匠感を感じさせるものではない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(共通点についての評価判断の誤り)について

審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点は、(1)横長方形板状の略全面に、凹陥状の収容部を縦横規則的に配列した皿体と、この皿体の上面に伏皿状に重ね合わされる低錐台状の蓋体とからなり、皿体と蓋体とがそれぞれの後端縁で連接され、開閉自在状に形成された、全体が薄板材からなる一体状のものである点、(2)皿体は四周に幅狭水平状の鍔部を形成して、その内側を、縦横の隔壁により等間隔に区画し、前後に2段、左右に数列の、逆略四角錐台状の下窄まりの凹陥部を形成し、これを収容部としたものである点、(3)縦横の隔壁は、四周の鍔部と接合する部分に直角三角形状の略水平面を、中央の十字状に交わる部分にこれと同じ高さの正方形状の略水平面を表し、これらの略水平面は、その直角の角部を前後左右の方向(45度水平回転させた方向)に向けたものとし、これら略水平面を頂面として、下方に角錐台状に拡がる山形突起を形成したもので、この山形突起の側壁面がそのまま斜め下方に放射状に延び、収容部の四隅の壁面をなすものであり、山形突起の前後左右の角稜部が、下拡がりの二等辺三角状に面取られ、その下端が、略水平面状に縦横に相互連結され堤状をなすもので、この堤部は、高さを皿体の深さの中程より稍高い位置とし、堤幅を山形突起の頂面幅の略半分の、一定幅としたもので、なお、山形突起のうちの中央に横に並ぶ正方形状の頂面には、円形の凹部が設けられている点、(4)各収容部は、側面から見ると、周壁が緩やかな凸弧面状を呈して下方に窄まる隅切正方形の錐台状のもので、底面は、山形突起の側壁面がそのまま放射状に延びて隅切面をなし、この隅切面の下端がそのまま正方形に閉じられた、斜めの方向(45度水平回転させた方向)に向くもので、その周壁面につき、隅切面に沿って、山形突起の頂面から収容部の底面に至る全長に数本の凸リブを平行状に表し、底面からは、前後及び左右の方向に各々1本の短い凸リブを表し、底面に十字の凸リブを表したものである点、(5)皿体の右側の側面(皿体の後方を連接部とする。)につき、上半部中寄りに、横長方形状の平坦な区画部を表し、周壁を介して内接する部分に、山形突起を設けず、低位置に略三角状の平坦面を形成している点、(6)蓋体は、高さが皿体の深さより稍低い、僅かに上窄まりの隅切錐台状のもので、頂面が平坦面状で、この横中央の、皿体の隔壁が交わる位置の真上(閉蓋時)に、頂面の前後幅の略半分に及ぶ径の開口部を表し、これから下方に錐台状に窄まる凹陥部を垂下して、閉蓋時に先端の凸部が皿体の山形突起の頂面凹部に嵌合されるものとし、蓋体の周側面については、その四周に僅かに上拡がりの断面台形状の縦溝を多数、上下幅一杯に配したものである点、(7)蓋体及び皿体の鍔部の、連接された鍔部を除く3周に、凹条及び凸条をコの字状に巡らせている点である(審決書2頁13行~5頁9行)。

しかるところ、原告は、前示共通点(1)~(7)が、鶏卵用包装容器において、鶏卵の保護という機能を果たすうえで必要な基本的形態に係るものであって、物品自体が備えている一般的普遍的な周知の形態に係るものであるとしたうえで、物品がその機能上当然に有しているこのような形態は、意匠における類否判断の対象とすべきではないと主張する。

しかしながら、意匠の類否の判断とは、対象とする意匠、すなわち物品の外観の全体にわたって、その形態を肉眼によって観察する全体的、視覚的な類否の判断であるから、当該物品の外観を形成し、肉眼によって視覚的に観察される形態である限り、類否判断の要素となり得るものと解すべきであって、このことは、その形態が、当該物品の機能を果たすうえで必要な形態であり、あるいは、当該物品と同種の物品が一般的普遍的に備えている周知の形態であるとしても、何ら異なるところはないものというべきである。

のみならず、本願意匠及び引用意匠の全体にわたる基本的な形態に関する共通点(1)は別としても、前示のような、皿体各部の態様に関する共通点(2)~(5)、蓋体の態様に関する共通点(6)、蓋体及び皿体の鍔部の態様に関する共通点(7)に係る本願意匠及び引用意匠の形態については、該形態自体から見て、それがすべて、鶏卵の保護という機能を果たすうえで必要な形態であり、この種の物品自体が備えている一般的普遍的な周知の形態に係るものであるとは認められないし、また、それを認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告の前示主張は失当であり、その他、審決の共通点(1)~(7)についての評価判断に、審決の結論に影響を及ぼすべき誤りは認められない。

2  取消事由2(差異点についての評価判断の誤り)について

(1)  蓋体について

審決が認定した本願意匠と引用意匠との差異点(イ)、(ロ)、(ト)は、(イ)蓋体頂面の凹陥部につき、本願のものは、3つの凹陥部が等間隔に配されているのに対し、引用のものは、2つの凹陥部が広い間隔をあけて両端側に配されている点、(ロ)蓋体頂面から垂下する凹陥部の形状につき、本願のものは円錐台状で、周面に沿って上下に4本のリブを配しているのに対し、引用のものは八角錐台状で、該当するリブを配していない点、(ト)蓋体の周側面付近につき、引用のものは、頂面との綾部が角張り、周側面の縦溝を密に配し、その間に、稍幅広の溝を一定の間隔毎に配し、この溝の上端をそのまま頂面に延伸して、頂面に台形状の凹陥部を表しているのに対し、本願のものは、頂面との綾部が丸み付けられ、縦溝の間隔が比較的粗く、該当する稍幅広の溝を配さず、頂面に台形状の凹陥部を表していない点であって(審決書5頁10~18行、6頁9~17行)、いずれも蓋体の態様に関するものである。

しかるところ、原告は、これら差異点(イ)、(ロ)、(ト)についての審決の評価判断は、共通点(6)に係る蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという共通点が、これら差異点に優先するとしたものであるとしたうえ、該共通点は、この種物品の備える一態様であって、引用意匠に独特のものではないから、この点で共通することが、該差異点に優先するものとする類否判断は誤りであると主張する。

しかして、蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成しているという点が、この種物品における特徴的な態様であって、引用意匠に独特のものでないことについては、審決も「両意匠の蓋体について、平坦面状を呈する頂面の横中央に、同形の開口部を並置し、これから下方に錐台状に窄まる凹陥部を垂下して、皿体の隔壁が交わる部分に形成された山形突起と嵌合させ、蓋体を内側で支えるものとした点は、この種物品の蓋体の態様としての特徴的なものであり」(審決書8頁10~16行)との同旨の判断をするところであるが、意匠の類否判断において、同種物品に共通的な特徴であり、引用意匠に独特のものでないことが、本願意匠と引用意匠との共通点としての評価に影響を及ぼすものではないことは、前示1に説示したところから明らかであり、したがって、前示の共通点が、「この種物品の備える一態様であって、引用意匠に独特のものではない」ことのみによって、共通点として重視すべきでないとするかのような原告の前示主張は、この点において既に失当である。

のみならず、審決は、差異点(イ)、(ロ)、(ト)に係る差異について、「(イ)の点は、確かに、蓋体頂面の、比較的看者の目に付き易い部分についての差異であるが、両意匠の蓋体について、平坦面状を呈する頂面の横中央に、同形の開口部を並置し、これから下方に錐台状に窄まる凹陥部を垂下して、皿体の隔壁が交わる部分に形成された山形突起と嵌合させ、蓋体を内側で支えるものとした点は、この種物品の蓋体の態様としての特徴的なものであり、その数の上での差が、この特徴的な共通点を越えて両意匠を別異のものとするほどのものとはなり難く、しかも、引用意匠の本意匠である登録第858368号意匠についても、頂面に広い間隔を空けず、皿体の山形突起それぞれに対応して凹陥部を垂下したものであって、この点では本願のものと軌を一にするところであり、この点を本願意匠の新規な特徴として、さほど大きく評価できないところである。そして、形態全体としてみても、(6)の共通点からなる蓋体全体のまとまりを破るには至らず、この点の差異が類否判断に及ぼす影響は未だ小さいものとせざるを得ない。」(審決書8頁8行~9頁8行)、「(ロ)の点は、確かに差異として認められるものの、平坦面状を呈する蓋体頂面を開口して下方に錐台状に垂下する凹陥部を形成したことについての強い共通性のなかで見られる差異であって、これを圧して際立つものでなく、蓋体全体の構成の中での部分的な変形の範囲を超えるものでなく、(6)の共通する態様に吸収される差異といえ、全体としては微弱な差異に止まる。」(同9頁8~15行)、「(ト)の点は、本願のものの頂面四周の稜部の丸み付けが小さく、この種物品の材質も勘案すると、その差異はさほど際立たず、周側面の縦溝の粗密、稍広幅の溝の有無、頂面の台形状の凹陥部の有無も、該部のみを対比すればともかく、蓋体全体としてみれば、周側面四周に、一定の規則性のもとに、断面台形状の縦溝を、上下幅一杯に表した点での共通性が看者に強い印象を与え、この共通点に吸収される程度の差異と言え、類否判断に及ぼす影響は未だ微弱なものと言わざるを得ず、」(同10頁7~17行)と評価判断したものである。

そして、このうちの差異点(イ)についての評価判断に当たっては、該差異点と、前示共通点(6)のうちの「頂面・・・の横中央の、皿体の隔壁が交わる位置の真上(閉蓋時)に、頂面の前後幅の略半分に及ぶ径の開口部を表し、これから下方に錐台状に窄まる凹陥部を垂下して、閉蓋時に先端の凸部が皿体の山形突起の頂面凹部に嵌合されるものとし」(審決書4頁19行~5頁4行)との共通点部分、すなわち、原告の主張する「蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成している」との共通点とを、主に対比して評価判断したものであるが、本願意匠及び引用意匠において、該共通点部分がとりわけ目立ち、また、この種の物品に共通した際立った特徴点であることを考慮すれば、該評価判断に誤りがあるとはいえない。

他方、差異点(ロ)及び同(ト)についての評価判断に当たっては、該各差異点を、原告の主張する「蓋体の凹陥部が垂下錐台状をなし、蓋体の支柱を形成している」との共通点と直接対比して評価判断したものとはいえず(差異点(ロ)についての評価判断においては、「平坦面状を呈する蓋体頂面を開口して下方に錐台状に垂下する凹陥部を形成したことについての強い共通性」との対比がされているが、該凹陥部の垂下錐台先端凸部が皿体の山形突起の頂面凹部に嵌合される点、すなわち、該凹陥部の垂下錐台が蓋体の支柱を形成している点とは直接対比されておらず、かつ、差異点(ロ)自体が該凹陥部の形状及びこれに施されたリブに係るものであるから、該凹陥部そのものに係る共通点と対比されることは当然である。)、原告の前示主張はこの点でも失当であり、その他、差異点(ロ)及び同(ト)についての評価判断に格別の誤りは認められない。

また、原告は、本願意匠の蓋体が、全体として、丸みから来る暖かさを看者に与えるのに対し、引用意匠の蓋体が全体として、直線から来る冷たさを看者に与えるものであると主張するが、前示差異点(イ)、(ロ)、(ト)に係る差異のほか、原告主張の各差異を併せ考えても、差異点(イ)を除いては、細部にわたる微弱な差異といわざるを得ず、これを総合しても、看者に、原告主張のような印象を与えるものとは到底いい難い。

したがって、この主張も採用することはできない。

(2)  皿体について

審決が認定した本願意匠と引用意匠との差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)は、(ハ)皿体の収容部の数につき、本願のものは左右に4列の計8コであるのに対し、引用のものは、左右に5列の計10コである点、(ニ)収容部の隅切面に配された凸リブの本数が、本願のものは、3本であるのに対し、引用のものは、2本である点、(ホ)収容部の底面の十字の凸リブの向きが、本願のものは斜めの方向であるのに対し、引用のものは前後の方向である点、(ヘ)各収容部につき、引用のものは、鍔部の内縁から2本の凹リブが下向きに配されているのに対し、本願のものはこれを配していない点であって(審決書5頁19行~6頁9行)、いずれも皿体の態様に関するものである。

しかるところ、原告は、これら差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)についての審決の評価判断は、共通点(2)~(4)に係る収容部が縦横規則的に配列されている共通点が、これら差異点に優先するものと判断したものであるとしたうえ、かかる類否判断が誤りであると主張する。

しかしながら、審決は、差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に係る差異について、「(ハ)の点は、皿体全体の区画の共通性の中で見られる列数の差異であって、全体構成を顕著に変更するものでなく、類否判断に及ぼす影響は微弱で、(ニ)及び(ホ)の点については、各収容部に配された凸リブの共通する態様の中で見られる差異であり、皿体全体を立体としてみた場合、いずれの差異もさほど目立たず、隔壁の構成、収容部の面取りの態様、及び凸リブの配置についての両意匠の共通点に吸収される差異であり、全体としては微弱な差異で、(ヘ)の点は、引用のものの2本の凹リブも浅く、さほど目立たず、類否判断に然したる影響を及ぼすものでなく、」(審決書9頁16行~10行7行)と評価判断したものである。そして、差異点(ハ)についての審決の評価判断は、皿体全体の区画の共通性との対比をした点で、収容部が縦横規則的に配列されている共通点との対比ということができるが、該差異点が、かかる共通性の中で見られる列数の差異にすぎず、全体構成を顕著に変更するものでなく、類否判断に及ぼす影響は微弱であるとした判断に誤りがあるということはできない。他方、差異点(ニ)、(ホ)、(ヘ)についての審決の評価判断は、収容部が縦横規則的に配列されている共通点と対比してなされたものでないことは明らかであるから、この点についての原告の主張は失当であり、その他、差異点(ニ)、(ホ)、(ヘ)についての評価判断に格別の誤りは認められない。

また、原告は、本願意匠の皿体が、全体として複雑さとシンプルさとの陰陽のある面白さを感じさせるものであるのに対し、引用意匠の皿体が、全体として陰陽のない平凡さを感じさせるものであるとも主張するが、前示差異点(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)に係る差異のほか、原告主張の各差異を併せ考えても、いずれも、微弱な差異といわざるを得ず、これを総合しても、看者に、原告主張のような印象を与えるものとは到底いい難い。

したがって、この主張も採用することはできない。

(3)  全体について

原告は、審決が、本願意匠と引用意匠との差異点に関し、部分的・局部的な対比を行っているものの、それらの差異点のすべてが集合し、結合した全体的意匠構成及び意匠感についての対比を一切行っていないと主張するが、審決は、「これら差異点が相挨った効果を考慮したとしても、前記両意匠の共通点が奏する全体の基調を覆すには至らないものである。そうすると、両意匠の共通点は、前記の通り、両意匠の全体の基調を形成し、両意匠の類否判断を、支配的に左右するものであり、この共通点を差異点が凌駕するには至らないものであるから、結局、両意匠は、全体として類似すると言わざるを得ない。」(審決書10頁18行~11頁6行)と判断するとおり、各差異点が相挨った効果を考慮し、さらに、これと共通点とを比較検討しているのであるから、原告の該主張は失当であり、かつ、その結果として、共通点を差異点が凌駕するには至らないものであり、本願意匠と引用意匠とが全体として類似するとした判断に誤りはなく、本願意匠と引用意匠とが全体的な意匠感を異にするものであるとする原告主張は採用できない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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